◇ ◇
鈴代家のゴールデンウィークは、楽しいことばかりは続かなかった。
遊びに行こうと約束していた日の前日、ここねが発熱で倒れたのだ。
つきねも両親もひどく慌てた。先月つきねの入院があったばかりだからだ。
父がベッドまで運び、つきねは母とここねの着替えを手伝い、体温を測った。平熱を大きく上回っていた。
「……みんな大げさすぎ。ちょっと熱出ただけだから」
ベッドに横たわるここねは少々苦笑気味にそう言った。
たしかにつきねの時のように意識を失うというような事態にはなっていない。
けれど、姉の声には力はなく、表情には疲労の色がにじみ出ていた。
「でも……ごめん。遊びに行くの無理かも」
「遊びにはいつでも行けるから……今は休んでよ」
「……少し前に似たようなことを何度も言った気がする」
「なら、つきねから言うことないね。電気消しちゃうよ」
つきねはリモコンで蛍光灯の明かりを小さくする。
「おやすみ、おねーちゃん」
そっと部屋のドアを閉めたつきねは思わずにはいられなかった。
流れ星にここねの健康も願っておけば、と。
美癸恋(みきこい)町の駅前にかさねの姿はあった。
日没後だいぶ経っているが、まだ周囲は街灯や営業中店舗からの光で明るい。
しかし、少女が一人歩いていても、気に留める者はない。
かさねは足を止め、夜空を睨む。
「今回こそ……必ず。ただ急がないと、また繰り返しだ」
そう独り言ちて、かさねは服の胸のあたりを握りしめた。
「いや、それにも慣れてしまったな……」
零した言葉はその外見に似つかわしくない諦観の色を帯びていた。
けれど、その声は誰の耳にも届くことなく消えていく。
つきねは自室で眠っているここねの額に浮き上がった汗をぬぐう。
しかし、ここねの頬は上気していて今にも汗が滲んできそうだった。
「……おねーちゃん」
ゴールデンウィークが明けても、ここねの体調は回復に向かわなかった。
今日ここねは母と病院に行って検査したらしいが、病名ははっきりしなかった。
しかしつきねにとって予想の範疇だった。姉を苦しませる症状はつきねが味わったものとあまりに似通っていたからだ。
今もここねは苦痛で眉間に皺を寄せている。
(つきねは……何をしてあげられるだろう?)
中途半端に開けられたカーテンを閉めようと、つきねは窓の方に近づく。
そこで机の上に鍵のついた日記帳が置いてあることに気づいた。
朝、登校前にここねの顔を見に来た時はなかったはずだ。
鍵はかかっていない。よくないことだと思ったが、どうしても気になったつきねは日記帳を手に取った。
——呪いが発症したっぽい。これはつきね、つらかったろうなぁ。私は意識を失うほどでじゃないから、まだマシかな。
ここねの日記を開いて目に入ってきたこの文章に、つきねは声を上げることもできなかった。
書かれていることの意味がつきねにはよく分からなかった。
つきねはページをめくり過去の日記を確認していく。
そこには、この町に伝わる鬼の伝承だけでなく、二人の姉妹のどちらかが必ず亡くなる奇病についても簡潔に記されていた。
姉の言葉を信じれば、この病が「呪い」ということなのだろう。
つきねが患った病も今ここねを蝕んでいる病も、医学的に治療できるものではないということなのだろうか。
(つきねの中にあった呪いをおねーちゃんが奪ったから、病気が治ったの……?)
大好きなここねの書いた情報だが、つきねも鵜呑みにはできなかった。
ただ、ここねが入院しなかったのは、この症状が治療できるものではないと知っていたからだろう。
つきねも小さい頃に母から鬼の姉妹の昔話を聞かされていて、漠然とだが覚えがあった。だが、本当のことだろうか。
言い知れぬ不安に囚われながら、つきねはここねの寝顔をしばらく眺めていた。
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