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第1話前編「クローバーに約束を」05

◇   ◇


いつもより昇降口までの距離が短く感じられた。


自分の下駄箱に向かうつきねの背中を眺めながら、小さな日常の一コマも最後なんだとここねは強く思う。


つきねが音咲高校を受験して合格するものと仮定しても、一年間はバラバラの学校に通うことになる。


あって当たり前のものが欠けてしまう。


自分自身を半分失うような――そんな不安がここねの胸の奥に少しずつ溜まっていく。


「こんなこと考えても仕方ないのにね……」


ここねは不安を消し去ろうと左右に小さく首を振る。


「ここねちゃん、おはよー」


「ぅおわーっ!?」


ここねが振り返ると、同級生の桜ヶ丘まねが怪訝な顔をしていた。


「驚きすぎでしょ……それより、今なんか言ってなかった?」


「ううん、何にも」


「ふーん」


まねの疑いの視線がここねを突き刺す。


「とりあえず教室行こ行こ……! クラスメートと過ごす時間もわずかだ!」


まねのおかげで、しんみりした気分が何処かに行ってくれた気がして、感謝の気持ちを込めながら急かすように彼女の背を押した。


「え、なになに……押さなくたって行くから~~」


卒業式はプログラム通りつつがなく進む。


呆気なささえ感じてしまうくらい順調だった。


卒業証書を受け取るため、壇上に上がる時も、緊張や感慨は思ったより小さかった。


ここねの胸には在校生につけられた「卒業おめでとう」のリボン。体育館には拍手が響いていた。大きな拍手に送られ、卒業生が色とりどりの花飾りがついたアーチをくぐっていく。


その中の一人であるここねは、視線を向けた在校生の席につきねの姿を見つけた。


つきねもニッコリと笑顔を返してくれる。


朝に見たのとは違う柔らかな微笑み。大好きな妹の優しい表情だった。


すぐにその笑顔を見ることはできなくなり、胸の奥がキュッと締め付けれた。


◇   ◇



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